わたしの名前は
オノミチコ
そのホームランを打ったのは
アカバネ君じゃない
アカバネ君はライトにいた
「アカバネ そのまま 取り行ってこい
おい 永井 お前ライト行け」
監督に言われて
アカバネ君は交代になった
アカバネ君はボールを探しに行った
そのボールは
下校する三嶋智也と
その仲間達の間を抜けて行った
三嶋君達はヒップホップグループだ
正式なグループ名は 本人達にしか覚えられない
わたしたちみんなは
「オシャレーズ」と呼んでいる
(少し軽蔑が入ってると思う)
いつもは野球部のボールなんか無視する
三嶋君だったが
今日のそのボールはやけに
勢いがあって
これはもしかしたら
柔道部の道場まで行くな
そう思い 他の子達を先に帰らせて
ボールを追いかけて行った
道場の横の階段の下で
ボールは止まった
その階段にカノキミが座っていた
叶希美は柔道部のエースだ
個人で全国大会に出るような子で
身長は男子より高い
柔道の名門の高校に行くみたいだ
下級生に 女子のファンの
子達がいる
ファンの子達はカノキミの
ルックスが好きなだけで
柔道にも 同じ女子である事にも
興味がなかった
その子達が道場をたまに覗いた
それで勘違いしたのが柔道部の男子だ
女の子達は柔道部の男子なんて
この世で一番興味がなかった
ボールを拾ったカノキミは
野球部の子が見えたら
投げ返そうと思った
私が本気で投げたら
もしかしたらグランドに届くかも
そんなことを考えていたカノキミの
前に現れたのは
野球部ではなく 三嶋君だった
「 誰かと思ったら 叶さんじゃん」
嘘だ 柔道着を着た でかい女子は
カノキミしかいない
「オシャレーズがこんなところで
何してんの 」(やっぱりバカにしてる)
「ボールさ
追っかけて来たんだよ」
「似合わないねーそういうの言うの」
「叶さんは似合うからなぁ」
「なにそれ馬鹿にしてんの」
「あ あれ 叶さん文化祭何やるの?」
「宝塚お化け屋敷」
「はははは 何それ! 最高!
お化け屋敷にする必要あるの?」
「でしょ?男子と女子で意見が割れて
面倒くさいからくっけちゃったの」
「叶さん 男装させたいだけじゃん」
「言えてる オシャレーズは?」
「やるよー!今年は最後だから
色々やるよ 卓也たちのバンドと
共作した曲やるだろー
あと今さっき ラップバトル やる
って数美が決めちゃった
「はははは それすごいね!」
「だろ 内緒なんだけど
数美やつ それで
柳橋に告るらしーよ
最初はたんたんと悪口言っといて
マックスにイライラさせた後
最後にバーンて 愛の弾幕を
振らせるらしい それでいて
撃沈したら俺らにケンタのバケツ
奢らせる気満々だし」
「柳橋って 是清?バスケ部の」
「柳橋は是清しかいないじゃん」
「あーダメじゃん!私にそれ教えちゃ」
「あいつ三年で急に背が伸びて
もう遅いよって言ってやがんの 贅沢だよな
俺なんか今だに数美より小さいし」
「バスケはいいけど 柔道は低い方が
いいんだけどなぁ って言うか
是清なんだぁ岩谷さん…意外だ」
「やっぱり 自分に無いもん求めんじゃね」
「あ 野球部きたよ」
「あー流石野球部 タイミング悪い
叶さん帰るわ 練習がんばって
お化け屋敷行くよ 一緒に写真撮せてよ
あ そだ ボール貸して」
「いいよ 私彼に言いたいことあるし」
「うわ 怖 泣かすなよ野球部」
三嶋君はすれ違うとき
アカバネ君の肩を ポンとたたいて
こう言った
「打った奴にナイスバッティングって
言っといて これで試合が
分からなくなったって」
「あ…はい」
アカバネ君は意味が分からなかった
それから
柔道着の大きな女の子が
一向にボールを投げ返してくれないのも
意味が分からなかった
よくこの辺にボールが飛んできて
それに当たったとか 転んだとか
そんなことで文句を言われるのかと
思った 自分はそんな打球 絶対打てないのにな
カノキミは警戒しながら近づいて来た
アカバネ君に
「手を出して」
と言った
まさか投げられるのか
アカバネ君は思った
カノキミは左手でアカバネ君の手を
掴んで ボールを
その手に渡して両手で包み込んだ
「打った人にありがとうって言っといてね」
そう言って
道場の中に戻って行った
やっぱりホームランは
打つだけで人を幸せにできるんだなぁ
今夜もしっかり素振りしよう
アカバネ君はそう思いながら
グランドに戻って行った
戻る途中後ろから
大きな女の子の
大きな声が聞こえた
サラサラして冷たい手だったな
アカバネ君はボールを見ながら
思い返していた
あとがき
一個のボールのが転がっていく
イメージが最初にあった
そのボールはどこで止まって
誰が拾うか
簡単な導線で展開する話が一番上手くいく