わたしの名前は
オノミチコ
ティーちゃは 門の所で
リクルートスーツの女性と話をしていた
本当にリクルート姿だ
美術部の先輩なんだろう
色の白い優しそうな人だった
わたしは教室に行って
黒板の絵の上から「身体の仕組み」を貼った
三井環君に手伝ってもらった
ダンス部が始まるまで
まだ大分あるし 部室にでもいるか
廊下の窓から校庭を見ると
さっきの女性が
1人で歩いていた
わたしは靴に履き替え
部の後輩として挨拶に向かった
「わたし美術部のオノミチコと言います
部は今 わたし一人なんです 」
自分で言ってて 可哀想になった
「? … ? …ああ 松崎 先生もう
バスケ教えてないのね」
「バスケ?」
彼女はそれから ティーちゃの
話を聞かせてくれた
彼女の名前は 西村 栄
西村さんがいた頃の
女子バスケ部は 趣味のサークルだった
試合は遠足だった
会場にいる男の子や お昼や おやつ を
楽しむ日だと思っていた
顧問もこんな感じだった
そんな顧問が糖尿病になり
代りに ティーちゃが やって来た
前の学校で「行き過ぎた指導」が
あったらしい 詳しい事は分からなかった
そんな事情の先生でも 話相手か
遠足の同伴をしてくれればありがたい
そう思っていた
「雷に当たったみたいだった」
西村さんは笑って言った
自己紹介で「よろしく」と言った後
パイプ椅子にあぐらで座った
そして これからやる事を言った
それは 一つだけだった
「相手にパスを出させない事」
つまり試合中ひたすら相手を追っかける
全力で走り回る それだけ
シュート練習 パス練習 ドリブル練習
それらの物はメニューから消えた
全力の追い駆けっこ それだけだった
3年はみんな すぐに辞めた
30人いた部員は9人になった
そして西村さんは主将になった
平日の練習は走り回るだけ
週末は 格上の学校と練習試合
午前と午後で別の学校だった時もあった
試合中 バスケットらしい事をせず ひたすら
走り回るだけの 西村さん達は
いろんな学校で笑い者になった
闘っている 相手の選手も
顔が笑っていた
ティーちゃは黙って見ているだけだった
せめて叱り飛ばしてくれれば
笑われずに済むのに そう思った
試合が終わると よその学校でも
ランニングをやらされた
辺りが暗くなったから終わりだろうと
思っていたら 夜間照明がついた
ティーちゃがその学校の先生に頼んだのだ
なんでこんな目に合うんだろう
一生懸命 駆けずり回って
笑い物にされる
確かに取られる点は減った
でも まだ 到底試合では勝てない
それでも全力で相手を追い駆け回す
キチガイみたいだ
西村さん達は 確かに
少しづつ変化をしていった
自虐的な気分のせいか
「今日こそ ぶっ倒れてやる」
「栄 私に万歩計を持って来て」
そんな事を言い合った
そしてみんな目つきが変わった
夏の大会の初戦 お世辞にも強いと
言えない学校に 勝った 初めての勝利だった
でも抱き合って喜び合ったり出来なかった
何故か喜べなかった
その試合の後 みんな何も言わずに
ランニングを始めた
少しづつ試合に
勝てるようになった
ティーちゃのいない時間
朝練や 放課後の練習が終わった後
残ってシュートや ドリブルの練習をした
しかし時間はもう無かった
最後の大会
西村さん達は一回戦で全国大会に出るような
強豪校と当たる
地球がひっくり返っても勝てない
これが引退試合だった
最後の試合が始まった
ティーちゃは 腕を組んだまま座っていた
いつも通り なにも変わらなかった
試合も予想通りだった
前半で50点くらい入れられた
こっちはボールに触ることもできない
パス回しが早すぎて
動きに全くついていけない
どう予測して動いても間に合わない
西村さん達は タイムアウトの時
話し合った この試合は
「NBA vs 牧羊犬 」だ
西村さん達はもうバスケットをしようと
思うのをやめた
ボールを奪い取ってやる
それだけだった
気を失うんじゃないかと
思うぐらい走った
噛み付いてやると思って走った
考えず突っ走って 相手のフェイント
にひっかかる
勢いがあり過ぎて 相手のベンチに突っ込む
でも相手の選手も
会場の人達も
西村さん達を見て笑わなかった
そして試合時間は終わりに近づいてくる
もう体力も何も残っていなかった
だめだ
取れない
どうしても追いつけない
こんなに走ったのは
なんの為だったんだろう
あと少しで全て終わる
わたしは駆けずり回って
何かを手にしただろうか
どうせもう終わる
そしたら
もう
走らなくていい
西村さん足が一瞬止まった その時だった
「ナイスプレイ!」
ティーちゃが会場に響くような大きな声で
叫んでいた
「ナイスプレイ!」
「ナイスプレイ!」
「ナイスプレイ!」
「ナイスプレイ!」
「ナイスプレイ!」
「ナイスプレイ!」
「ナイスプレイ!」
「ナイスプレイ!」
「ナイスプレイ!」
「ナイスプレイ!」
「ナイスプレイ!」
「ナイスプレイ!」
ナイスプレイ!
ナイスプレイ!
ナイスプレイ!
ナイスプレイ!
「ぎゃ こんな時間!!面接遅刻する!
さよならオノさん
貴方なら きっと大丈夫よ 」
西村さんは門に向かって走って行った
そして派手に転倒した
履きなれない靴のせいか
着慣れないスーツのせいかわからない
わたしは
心の中で言っていた
ナイスプレイ
あとがき
西村栄が最後の方に 右見て 左見て
みたいなシーンは今だにお気に入りである